2012年1月14日土曜日

風に吹かれて・旅立ち

「これ以上、お前の世話になる訳にはいかない・・・・
 
   俺は旅に出る。帰ったときまた会おう・・・・・」


  と言った内容の置手紙を残して、奴は出て行った。

 
 ソイツの作る歌は好きだった。しかし、
  やっぱり一緒に生活してると、いろんな問題が出てくる。

  些細なことだったり、女がらみだったり、生活習慣だったり、

 今思えばつまらん事で、ケンカしたこともあった。

  良い詩を書く奴だったから、手紙の内容もドラマチックな内容で、

 少し涙ぐんだりしたりした(笑)。

  とにかく、一旅してまた一回り成長して(身長じゃないよ・・・)
 帰ってくるのを楽しみにしてた。

 そして、俺も、一人暮らしの3LDK生活は厳しいのもあったし、
 俺も、何か始めようと、少し都心に近い所に引っ越した。

 仕事は青梅に通ってたけど、
    府中の分倍河原と言うとこに引越しした。

 都心に行くにも、アメリカに近い町に行くにも
         丁度良い感じかなと思ったからだ。

  まあ、その辺りから自分でもLIVEHOUSEとか、
 出演するようになった。


  しかし、

 本当にソイツほどギターもうまくないし、

        歌も自信ない。

 そんな時、年は、一回り位上の大先輩が、

 「うまくなってから、ライブやろうとか考えてたら
    いつまで経っても出来ないぞ、
   やりながら、うまくなって行くんだ・・・」

 と言われ、その言葉は今でも残ってる。

    しかしその先輩は昨年亡くなってしまった。
  昔、カルメン・マキさんと一緒にやってた事のある、
  
 室井良友(G.Vo)さん(ヨーさん)である。
 
   ロッカーが一人いなくなった。淋しい話です。

  そのヨーさんに励まされ、マズは一人、そしてバンド
   と言うところまでなってきた。
  とにかく、そのころは当然若かったし、勢いでいけた。

 仕事も休み無し、唄も必死に頑張ってた。
 
  
 しかし、金の使い方がへたくそで、いろいろ大変だった。
 
  住む場所もあっち行ったりこっち行ったり、
  
 仕事も、あれやったり、これやったりで、メチャクチャ。

 だけど、ライブだけはやっていた。

  もともと不器用な俺は、ほとんど惰性でやってたようなもんだった(笑)。

 
 なかなか旅立って行った奴のようにうまく出来ない。
  恥ずかしいライブが続いた。(今、思い出すだけでも恥ずかしい)
  
 しかし、とにかく、やってた。(とりあえず、奴をこえてやるってな感じで・・・)

 
 今は、其のバンドもバラバラになってしまったが、

  ヨーさんの言葉が無ければそんな経験もできなかった。

       「ヨーさん、ありがとう!」


 そんなこんなで、そのときは、世田谷は千歳船橋に住んでいた。

  四畳半一間、トイレ共同、風呂無し。

  しかし、そこも、けっこう快適だった。
 旅立った奴の置き土産。友達のおかげだった。

  本当にみんな有難う。楽しかったよ。

 相変わらず集まれば音楽の話で盛り上がってた。
  そして、相変わらず、酒あおってた(笑)

  でも、其の中のメンバーの一人は、もう何年か前に死んでしまった。

  何年も経ってから知った。

 人間って本当に、明日はどうなってるか分からないものだと思った。

 なかなか思った様に行かない。今を大事にして行くしかないんだな・・・?!

 そんなこんなで、風に吹かれっぱなしの俺です。

  ああ、運良く今日も生きれた、合掌!!

 そんなわけでボブ・ディランの「風に吹かれて・・・」
 

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